「隋書倭国伝」の「有阿蘇山其石」の文について
原文は下記の通りだが、その読みの通説は「阿蘇山あり。その石、故なくして火起り天に接する者、俗以て異となし、因って禱祭を行う。」(岩波文庫等)とされるが、これでは、わかった様でわからず、文意が不明と言える。
ここで私的に訳注を試みてみる。
「原文」
有阿蘇山其石。無故火起接天者、俗以為異因行禱祭。
*そもそもの原文に句読点はないが、私見の解釈に沿って句読点を付けた。
「訳文」
(倭國に)阿蘇山のその石がある。
不思議な火が、起こり、
(火が)天に接すれば、
世間は、(陰陽道の)異を思い、
よって、祷祭を行う。
「語注」
【阿蘇山】:九州にある高山で、火山だが、この文では、この説明はない。
【其石】:「其」は、直近の「阿蘇」を差し、阿蘇石を言う。
阿蘇の石には「黒(灰黒)石」と「赤(ピンク)石」があり、特に赤石は珍重され、遠く九州から畿内に運ばれ、石棺等に使われていた。この文では、その石の赤色の説明がなく「其石」だけで終わらしているために、後文の「火」との関連性が不明である。恐らく随使達も満足にその事情を把握していないのであろう。または文が断片化しているいか。もしくは上文の「棺槨」の文に付くか。
【無故火】:不思議な火。主語句。「無故;没有原因」(漢典)。ここでは、名詞「火」の直前に置かれて、「火」への連体修飾語を作り、意訳は「不思議な火」。日本語は格助詞や語形変化などによって、他の語との関連性を示し、置かれる位置がアバウトでもその関係性を見失うことはない。漢語は語形変化がないので、他の語との関係性を示すのに置かれた位置が重要となり、これをアバウトにすると語意を見失う。修飾語は、体言の前にあれば連体修飾語となり、用語の前ならば連用修飾語(副詞句)となる。つまり「無故」は「火」を修飾し、「起」は修飾しない。
【者】:・・・ば。仮定(仮設)を表す助字。「者字、固有表仮設之意者矣<者の字は、仮設の意味を表す者なり>」(馬氏文通刊語)
【俗以為異】:「俗」は世間。「以為」は、思う、考える。「異」は陰陽道の「異」で、変異の先触れ。
【祷祭(トウサイ)】:いのりまつる。祷祀(トウシ)。「祷祀;有事祈求鬼神而設祭<有事の時に鬼神に祈って祭りを設ける>」(漢典)
「補足」
【無故火(むこのひ)】とは、「赤気」や「火柱」と呼ばれた迷信的現象であろう。これは後文の同じく迷信的な「如意宝珠」の話と対応する。『日本書紀・推古天皇紀二十八年条』に、
「十二月庚寅朔、天有赤気、長一丈余。」
とあるが、この「赤気」が『東鑑(吾妻鏡)』では、
「仁治二年二月四日;其東傍赤気又出現、長七尺(中略)観之怪之(中略)此變為彗形、異名火柱也(変異の名は火柱なり)。」
と言う。『類聚名物考』所収の「北條九代記・火柱相論」条には、
「推古天皇廿八年、天暦二年、元永五年の赤気、今是同じと申し」
とも言う。